Column
2023.05.29

好酸球性消化管疾患の病態解明を目指して

はじめに

好酸球性消化管疾患(Eosinophilic gastrointestinal diseases: EGID)は、食物などに対する慢性アレルギー疾患であり、消化管への好酸球浸潤を特徴とする疾患群です。その病態には不明な点が多く、診断や治療は従来困難でしたが、最近の遺伝子発現解析技術の進歩がEGIDの病態解明や診断治療に大きな影響を与えています。

本コラムでは、まず好酸球性食道炎、胃炎、大腸炎の各疾患について簡単に解説した後、遺伝子発現解析によって得られた知見に焦点を当て、EGIDの分子レベルでの病態解明の進展についてお伝えします。

好酸球性食道炎 (Eosinophilic esophagitis; EoE)

EoEは、食道に好酸球が浸潤する特徴を持つ疾患です。1990年代以降、欧米での罹患率および有病率が急増し、現在欧米では有病率が0.5-1/1000人となり、上部消化管内視鏡検査の受診者の2-7%にEoEと診断されています。EoEの診断基準は、内視鏡生検検体で食道上皮に高倍率視野(high-power field; HPF)あたり15個以上の好酸球が認められ、かつ他の疾患が除外されることによって確定します。また、病理組織学的には、食道上皮にHPFあたり15個以上の好酸球が存在するEoEの症例のうち、約半数はプロトンポンプ阻害剤(PPI)の投与によって臨床症状が改善することが報告されてきました。一時期、これらの症例はPPI-responsive esophageal eosinophilia(PPI-REE)と定義され、EoEの診断から除外する必要がありました。しかし、後の研究により、PPI-REEとEoEは臨床症状、内視鏡所見、および病理組織所見のいずれをとっても有意な差が見られないことが明らかになり、これらは同一の疾患であるEoEとして2018年に診断基準が改訂されています。

EoEトランスクリプトーム:2006年に、EoEの病態解明のために、食道組織を用いたマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現解析が初めて行われました。この研究により、EoEに関連する遺伝子(EoEトランスクリプトーム)が同定され、Eotaxin-3/CCL26などが疾患の関与に明らかになりました。その後、94個の遺伝子からなる好酸球性食道炎診断パネル(EoE Diagnostic Panel:EDP)が開発され、定量PCRを用いた簡便なEoEの分子診断が可能となりました。EDPの使用により、病理組織学的な特徴では非活動性のEoE症例(好酸球<15個/HPF)でも非EoEの疾患と鑑別することができるようになり、また、EoEの様々なフェノタイプやエンドタイプも明らかになりました。好酸球浸潤の程度は食道の部位によって異なるため、組織診断のためには複数の生検が望ましいですが、EDP解析により、たった1つの検体から食道全体の病態予測が可能であると報告されています。好酸球浸潤の程度は症状の重症度とは強い相関がないことがわかっていますが、TRPV1やCPA3・HPGDSなどマスト細胞関連遺伝子と胸痛症状の関連が示唆されています。

さらに、次世代シークエンサーを用いたRNA sequencing(RNA-Seq)解析では、マイクロアレイ結果に加えて、BANCR遺伝子などの長鎖ノンコーディングRNAの病態への関与が報告されています。また、最近のSingle-cell RNA-Seq解析からは、血管内皮に発現するTSPAN12遺伝子の発現低下が線維芽細胞とのクロストークを介した線維化を促進すること、さらに、食道上皮に発現するマスト細胞が、活動期から寛解期までを通じてIL13を介した疾患病態を形成することが明らかになっています。

好酸球性胃炎 (Eosinophilic gastritis; EoG)

EoGは、胃に好酸球の浸潤が特徴的な疾患です。米国では有病率は6.3/100,000人とEoEに比べてまれな疾患ですが、近年増加している傾向があります。日本の厚生労働省の診断基準では、「胃、小腸、大腸の生検で粘膜内に20個/HPF以上の好酸球浸潤が存在している」とされていますが、最近では胃の生検検体で好酸球が30個/HPF以上・5HPF以上で認められる場合をEoGの組織学的指標とすることが提唱されています。ただし、健常者の消化管臓器の粘膜固有層にも好酸球が存在しているため、診断には注意が必要です。

EoGトランスクリプトーム:胃の生検検体を用いた網羅的な遺伝子発現解析により、EoG関連遺伝子(EoGトランスクリプトーム)が同定されました。EoGもEoEと同様に2型アレルギー炎症を基盤としていることが明らかになりましたが、EoEとEoGのトランスクリプトームは一部しか重複しておらず、EoGには組織特異的な独自のメカニズムが関与していることが示唆されました。私たちはEoGの病態に関与する遺伝子を同定し、そこから病態と診断に有用な18個の遺伝子からなるEGDP18スコアを開発しました。この中には、発現が増加するCCL26、CCL18、IL13RA2、IL5(サイトカイン・ケモカイン)、CLC(好酸球増多関連)、CDH26(細胞接着因子)、KLK7(抗細菌作用)、MUC4(上皮細胞の分化に関与)などが含まれます。一方、発現が低下する遺伝子には、DEFB1(抗細菌作用)、BMP3、COL2A1(線維化作用)、SLC26A7(トランスポート関連)、GABRA1、GLDN、NPY、TAC1(神経感覚に関与)、ATP4A、SST(胃に関連したプロセス)などが含まれます。また、先ほどの組織学的診断基準(好酸球30個/HPF以上・5HPF以上)の妥当性が分子学的にも示されており、曖昧な症例でも(好酸球30個/HPF以上を1-4視野で認める)63%の症例で分子診断が可能な可能性が示唆されています。低侵襲な診断や疾患モニタリング法の開発が求められていますが、血液中のEoGスコア、特にEotaxin-3、TARC、IL-5の濃度が有用なバイオマーカーとして期待されています。

好酸球性大腸炎(Eosinophilic colitis; EoC)

EoCは大腸に好酸球の浸潤が特徴的な疾患であり、EGIDの中で最もまれで、有病率は約2.1/100,000人程度です。健常人の大腸にも常在する好酸球が存在するため、大腸の各部位における正常値は異なることが知られています。米国の研究では、健常者の好酸球数の上限値を2倍とし、上行結腸では100個/HPF、下行結腸では85個/HPF、S状結腸では65個/HPFとしています。また、大腸における慢性的な好酸球増多は炎症性腸疾患(IBD)とも関連しており、鑑別診断には注意が必要です。

EoCトランスクリプトーム:最近、私たちはEoC症例の大腸生検検体を用いて網羅的な遺伝子発現解析を行い、EoCに関連する遺伝子(EoCトランスクリプトーム)を同定しました。健常者やIBD患者と比較することで、EoCが分子学的に独立した固有の疾患であることが示されました。EoCトランスクリプトームの31%が局所的な好酸球数と相関している一方、IBD患者のトランスクリプトームでは8%の相関しか認められず、EoCは分子学的にも好酸球浸潤と関連した疾患であると言えます。EoCでは特に好酸球に特異的な遺伝子であるCLCの発現が最も高く、疾患の重症度と相関していました。また、EoCを好酸球浸潤を認めるIBDと鑑別するためのスコアリングシステムも開発され、病理組織学的な診断に役立つことが示唆されました。一方で、EoEやEoGのトランスクリプトームと比較すると、EoCには1%のオーバーラップしか認められませんでした。EoEやEoGのような2型サイトカインの発現の増強は認められませんでしたが、パスウェイ解析からは、細胞増殖の低下やアポトーシスの増加などがEoCの病態に関与している可能性が示唆されました。

おわりに

EGIDにおける最新のトランスクリプトーム解析について概説しました。トランスクリプトーム解析により、EoEでは病態解明が飛躍的に進みました。EoE以外のEGIDにおいてもRNA-Seqを用いた疾患や組織の特異的なトランスクリプトームが同定され、疾患概念や診断基準の検証に貢献しています。これらの研究成果は、疾患のバイオマーカーや遺伝子治療の対象としても期待されており、患者への還元が期待されます。また、日本のEGID研究からは欧米との共通点と相違点が報告されており、さらなる病態解明のために国際的な共同研究が期待されます。

執筆者:正田哲雄

2004 年 東海大学医学部医学科 卒業
同年 茅ヶ崎徳洲会総合病院
横浜市立みなと赤十字病院
国立成育医療研究センターを経て
’16 年 シンシナティ小児病院医療センター
現在は同センターで研究室を主宰し現在ラボメンバーを募集中(https://tsresearchlab.wixsite.com/shoda-lab

ImmuniT Research Inc.

〒160-0022 東京都新宿区新宿4-3-17
FORECAST新宿SOUTH 3階