Column
2023.04.25

アトピー性皮膚炎と脂質の関係

※本コラムは 大分大学医学部皮膚科学講座 酒井貴史先生 にご協力いただき、ご執筆いただきました。


こんにちは、大分大学皮膚科の酒井と申します。ここでは私の研究テーマの一つである、アトピー性皮膚炎と脂質の関係について、最近の研究成果を踏まえ、ご紹介させていただきます。

アトピー性皮膚炎について

「アトピー性皮膚炎」は非常に有名で、耳にすることの多い疾患名ですが、その本質、概念を理解する事が少し難しい病態です。日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドラインの中で、アトピー性皮膚炎は、「増悪と軽快を繰り返す瘙痒のある湿疹を主病変とする疾患であり,患者の多くはアトピー素因を持つ」と定義されています。つまり、かゆみを伴う慢性の湿疹で、皮膚バリア機能障害や、type2炎症、かゆみ・末梢神経など、非常に多彩な病態が混在する、多因子疾患です。アトピー性皮膚炎の症状パターンや皮膚炎の増悪因子は患者さん毎で異なるため、専門的な診療、治療方針の検討が必要となります。私達、アトピー性皮膚炎の研究者は、その病態をより明らかにし、よりよい治療法、予防法を開発すべく、日々、研究に取り組んでいます。

脂質について

それでは、私の研究について少しご紹介させていただきます。まず脂質とは、「中性脂肪、油、ろう、およびそれらの関連化合物を含み、化学的な性質よりもむしろ物理的な性質が近い不均一な物質群」とされ、生体内で様々な役割を果たしています。私は脂質の中でも、特に、「リン脂質」に着目し研究を行っています。脂質研究の世界は幅広く、様々な分野がありますが、皮膚科領域では、皮膚の脂質に着目した研究がさかんです。皮膚の最外層である「角層」という部分には、皮膚で合成された脂質が充填されており、その角層と、角層内に充填された脂質が、「皮膚バリア機能」を形成、即ち、外界から生体を守る、あるいは、水分を生体内に留める、などという機能に大きく貢献しています。よく、スキンケアや化粧品で耳にする「セラミド」も、この角層内のリン脂質の一部です。皮膚科領域では、この角層脂質研究がさかんに行われており、例えば、アトピー性皮膚炎の皮疹部では、角層のセラミド量が減少していること、セラミドの性状が変化していることなどが分かっています。

角層セラミドの性状がアトピー性皮膚炎の再燃を予測する

私達は最近、角層セラミドの性状が、アトピー性皮膚炎の診療に応用できないかと考え、臨床研究を行いました。アトピー性皮膚炎は再燃を繰り返す疾患で、皮膚炎が良くなったと判断し、治療の手をゆるめると、すぐに悪化してしまった、等ということを、我々皮膚科医はよく経験します。一方で、再燃しにくいケースもございます。この2つのケースの違いが認識出来れば、アトピー性皮膚炎診療において大きな助けとなりえます。そこでまず、アトピー性皮膚炎を治療し、臨床的によくなったと判断される状態で、その時点の角層セラミドを採取、解析しました。次に、その後、皮膚炎が再燃した患者群、再燃しなかった患者群に分けて、セラミドの性状の差異を比較しました。その結果、後に再燃したアトピー性皮膚炎患者群では、CER[NDS]、CER[NS]、CER[NH]という角層セラミド種の性状が変化している、即ち、セラミドのカーボン鎖長が短くなっていることが判明しました。この再燃した患者群と、再燃しなかった患者群は、臨床的に皮膚炎がよくなったと判断された時点(角層セラミドを採取した時点)では、全く区別がつかない状態でしたので、角層セラミドの性状は、皮膚のより詳細な状態を反映する、あるいは、その後のアトピー性皮膚炎再燃を予測するバイオマーカーになると言えます。ただ、実際には、この皮膚のセラミドを解析するという手法が、現時点で非常に煩雑であるため、すぐに臨床応用できるものではありません。将来、この角層セラミドが簡便に評価可能になるなど、技術、研究が発展することで、「一見皮膚はよくなっているけれど、まだ角層セラミドの性状がいまいちだから、治療を休まず、このまま続けていきましょう」、など、本研究の情報が、アトピー性皮膚炎患者のよりよい治療の発展に貢献していくことを期待しています。

アトピー性皮膚炎と循環脂質

これまで述べてきた通り、皮膚科領域では、角層脂質について多くの研究が行われています。一方で、他領域、例えば循環器疾患や神経疾患等においては、角層ではなく血液中の脂質、即ち循環脂質がよく調査されており、例えば、循環脂質が、疾患の特徴を予測するバイオマーカーとなることなどが、報告されています。アトピー性皮膚炎では、角層脂質に関して多くの情報が蓄積されている一方で、循環脂質については、ほとんど何も分かっていませんでした。そこで私達は、アトピー性皮膚炎患者の血液中(血清中)のリン脂質を評価し、臨床症状との関連を調査しました。既に述べてきた「セラミド」という脂質の代謝産物、sphingosine-1-phosphate(S1P)が、現在多くの領域で注目されています。S1Pは血中、末梢組織それぞれに存在し、血中-組織間のS1P濃度勾配が、免疫細胞遊走に関与する事は、よく知られています。また、S1Pには5種類の受容体が存在し、S1Pシグナル伝達が様々な生体システム(例えば、免疫系、循環器系、中枢神経系、慢性炎症など)に関与しています。さらにS1P受容体は、複数の病態において治療標的として認識されており、アトピー性皮膚炎においても、S1P受容体調節薬を用いた臨床試験が進行中です。そこで私達はまず、アトピー性皮膚炎患者におけるS1Pの血清濃度を測定しました。興味深い事に、アトピー性皮膚炎患者群の血清S1P濃度は、健常者や、他のアレルギー疾患患者群(気管支喘息や食物アレルギーなど)よりも高く、血清S1P濃度がアトピー性皮膚炎の重症度と相関していることが判明しました。また、特に血清S1P濃度が高いアトピー性皮膚炎患者は、重症度が高く、皮疹面積が広いという特徴が確認されました。私達は、S1P以外にも40種の血清リン脂質について評価しました。アトピー性皮膚炎患者群では、S1P以外にも複数の脂質濃度(特にsphingosine, phosphatidylcholine, C16-ceramide)が、健常者に比べて変動し、その一部はS1Pと同様に、アトピー性皮膚炎の重症度と相関していました。ただ、今回私達が行った研究は観察研究であり、これらの脂質濃度変動の病態意義は不明で、血清脂質濃度変動が、疾患の原因なのか結果なのか、判断は出来ません。一方で、他の炎症性皮膚疾患やアレルギー疾患においても、S1Pやsphingosine、ceramideなどの循環脂質濃度変動が報告されており、アレルギー性炎症や皮膚炎症と、循環脂質との、何らかの関連が推察されます。また、アトピー性皮膚炎患者においては、角層脂質のみならず、循環脂質の変動が確認されました。一般的に、角層脂質と循環脂質の合成、代謝経路は独立していると考えられていますが、アトピー性皮膚炎患者においては、その双方が皮膚炎と関連しています。従って、アトピー性皮膚炎患者における角層脂質異常と循環脂質異常との間に、何らかの関連がある可能性も考えられ、今後、さらなる研究が望まれます。

さいごに

最初に軽く触れた通り、アトピー性皮膚炎は大変多くの病態が複雑に絡み合って発症する多因子疾患です。今回ご紹介しました脂質以外にも、皮膚の細菌叢や、様々な炎症性サイトカイン、免疫担当細胞、かゆみを伝達する末梢神経等が、アトピー性皮膚炎の病態に深く関与しています。今後、各研究領域の情報が集約され、より深いアトピー性皮膚炎の病態の理解、よりよいアトピー性皮膚炎の治療法、予防法につながっていくことを望んでいます。

最後にお断りしておくべき点として、ここで述べてきた内容は、研究段階のものとなります。例えば、皮膚で減っているセラミド種を補充すればよい、体内の脂質を調整するために、サプリメント摂取や、体重調整を行えばよいという類のものではありません。情報の解釈には十分ご注意ください。アトピー性皮膚炎の治療には、皮膚科医等の専門家による適切な治療が望まれます。

参考文献

1:J Invest Dermatol. 2022 Jul 21:S0022-202X(22)01664-5. doi: 10.1016/j.jid.2022.06.012.

2:JID Innov. 2021 Dec 22;2(2):100092. doi: 10.1016/j.xjidi.2021.

3:Allergy. 2021 Aug;76(8):2592-2595. doi: 10.1111/all.14826.

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